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クレヨン画《忘筌》

《筌は魚に在る

所以、魚を得て筌を忘る。蹄は兎に在る

所以、兎を得て蹄を忘る。言は意に在る所以、意を得て言を忘る。

吾、安にか夫の忘言の人を得て、之れと与に言わんや。》

      ―荘子「外物篇」―

言葉はコミュニュケーションの手段であるが、言葉の遊びの上に言葉を重ねて本論を見失ってしまっている。本論から外れた手段でなく目的、手段をストレートに行使せよ。

茶の湯とはただ湯を沸かし茶を点てて飲むばかりなる事を知るべし
                            千利休

対象物をただひたすら素直に感じ取るだけで良いのだと。

サッカーで例えるならゴールポストへのゴール意識だけで十分なのだが、パス並びにボール裁きに夢中になりすぎてゴールへの意識を忘れてしまったサッカーかな。

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