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クレヨン、水彩画《秋霜以律己》

秋霜を以って己を律すと霜降る秋の厳しさを以って自己を守り行往坐臥。

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クレヨン、水彩画《行雲流水》

行雲流水(こううんりゅうすい

空を行く雲、川の流れの水はひと時も同じ姿をしていない。無心にこだわりもなく 一つの所に留まることなく無心になる。

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クレヨン画《深林人不知 明月来相照》


深林人不知 明月来相照(しんりんひとしらずめいげつきたってあいてらす)

   竹里館―王維

     独坐幽篁裏
     弾琴復長嘯
     深林人不知
     明月来相照       
(私は)ただひとり奥深い竹やぶ(の中にある座敷)に坐り、
琴をひいたり、詩を吟じたりしている。
(この)奥深い竹林は人に知られることもなく(おとずれるものもない)。
(ただ)明るく輝く月(だけ)が(私の心を知って親しみかけるように)私を照らしていてくれる。

(『漢詩』・旺文社)
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クレヨン画《流》

流れのままに 逆らわずに 風が吹き抜ける

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クレヨン画《立》

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クレヨン画《花無心招蝶 蝶無心尋花》

《花無心招蝶 蝶無心尋花》はなはむしんにしてちょうをまねきちょうはむしんにしてはなをたずぬ

花 無心にして蝶を招き
蝶 無心にして花を尋ぬ

「良寛」の言葉で、花は蝶を招きたいとも思わないし、また、蝶も別に花を訪ねたいとも思わない。ただ偶然の出会い、めぐり合いの繋がりにすぎない。

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クレヨン画《照顧却下》

足下をよく見なさい。

わが身、わが心を地に足をつけて見つめなおす。

足下の安定によって身体の芯もぶれる事がない。拠って心の平穏も保てる。

わが身を振り替えつつ 足下を固める心を持てば 自ずから日常の所作にも心豊かな安定した行動が伴う。

 現実的には玄関において履物が綺麗に揃っていないと心が慌ただしく浮ついた気持ちで生活をしている心のあり方が反映。

余裕の在る気持ちでわが身を律しながらと。影に惑わされずに。

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クレヨン画《朝朱》

朝あけの色こき雲に根来塗り(中塗りを黒で塗り、上塗りを朱色に塗ったあと、磨き下の黒色がところどころ表面に見える塗り方(磨かない場合もある)名前の由来は紀州根来寺で僧が作ったのが起こりとされている)の明けの朱色を見る。

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クレヨン画《忘筌》

《筌は魚に在る

所以、魚を得て筌を忘る。蹄は兎に在る

所以、兎を得て蹄を忘る。言は意に在る所以、意を得て言を忘る。

吾、安にか夫の忘言の人を得て、之れと与に言わんや。》

      ―荘子「外物篇」―

言葉はコミュニュケーションの手段であるが、言葉の遊びの上に言葉を重ねて本論を見失ってしまっている。本論から外れた手段でなく目的、手段をストレートに行使せよ。

茶の湯とはただ湯を沸かし茶を点てて飲むばかりなる事を知るべし
                            千利休

対象物をただひたすら素直に感じ取るだけで良いのだと。

サッカーで例えるならゴールポストへのゴール意識だけで十分なのだが、パス並びにボール裁きに夢中になりすぎてゴールへの意識を忘れてしまったサッカーかな。

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クレヨン画

言葉―言の葉

今朝の朝日新聞の天声人語に《策士で知られたフランスの政治家タレーランに「言葉は思うところを偽るために人に与えられた」の一言がある。》で書き始まる柳田法相の失言、本音からの一文。

多くの情報が飛び交う昨今において言葉が言葉本来からの役目から離れつつ 言葉の独り歩きになりつつある。主体者からの意思から放れ 言葉独自の世界を構成。

空虚な言葉の氾濫によってイメージも沈滞ぎみ

人の五感によるコミュニケーションも言葉の多様性の氾濫により退化

絵画も《読む》傾向の最近の美術から《見るもの》としての美術を再思考。

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クレヨン画《開門落葉多》

開門落葉他

此処の所の寒さに落ち葉も地面を隠すほどに敷き詰められ柔らかに色とりどりの絨毯の様。

『聽雨寒更盡、開門落葉多。』『全唐詩』巻813収録。

夜もすがら雨と聽いたのは、落葉の戸を打つ音であつたの意。

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クレヨン画《莫妄想》

中央線の車窓から眺める樹下に見入る。

莫妄想 (まくもうそう)―過ぎたことを考えない、先のことを思い悩まない。

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クレヨン画《青山元不動 白雲自去来》

惑わされずにわが道を行く

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クレヨン画

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クレヨン画《吟風一様松》 

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クレヨン画《秋風淅々 秋水冷々》

秋風淅々 秋水冷々 

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クレヨン画《渓深杓柄長》

《渓深杓柄長》:―臨機応変にと言う事かな

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イメージの世界へ(クレヨン画)

《惺惺著(せいせいじゃく)》

「目をさませ! ぼんやりするな!」と解し 他に責任を転嫁する前に今一度、本当の自分自身を探し求めて見つけ、そして自己を研鑽鍛え、自分自身を確立して、自分自身に正直に素直に生きる。

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クレヨン画「体露金風」


 僧 問う   「樹凋み 葉落つる時如何」
 雲門曰く   「体露金風」
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クレヨン画

ここの所描き始めたクレヨンの絵の一枚目


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